講談師 神田伯山 新春連続読み『寛永宮本武蔵伝』
完全通し公演 令和三年

神田伯山 インタビュー

INTERVIEW

松之丞の名による最後の連続読みとして歴史に刻んだ『畔倉重四郎』から一年。 真打昇進を果たし、伯山襲名後、初の連続読み完全通し公演に『寛永宮本武蔵伝』を伴って、あうるすぽっとに帰ってきます。
2020年、YouTubeチャンネルでは初となるギャラクシー賞テレビ部門・フロンティア賞を受賞し話題をさらった「神田伯山ティービィー」では、『畔倉重四郎』全19席を紹介する前代未聞の試みを実施。現在、その総再生回数は420万回を超え、講談人気の復活のために先陣を切る神田伯山さん。 新春の連続読みに懸ける思いに、その躍進を見守り続ける演芸評論家の長井好弘さんが迫ります。

聞き手:長井好弘(演芸評論家) 

講談の骨子は「連続物」にあり


長井 2020年1月、松之丞の名前では最後となる連続読み『畔倉重四郎』※1(以降『畔倉』)の完全通し公演を、あうるすぽっとで開催しました。5日間にわたる全19席。その後、襲名、真打昇進、そして、世界がコロナ禍に見舞われるなどさまざまなことがありましたが、松之丞から伯山となり、ご自身の心境や気の持ち方に変化はありますか。

伯山 まず、伯山という名前について、通常、新しい名前を覚えていただくまでには時間がかかるものですが、YouTubeやテレビの影響があり割とスムーズに定着したようです。芸が云々とは別の話ですが、まずは安心しています。ほかには……
ーここで前座さんが部屋の前を通りがかるとー
「あ、先に帰っていいよ。ごめん、気がつかなくて。おつかれさま!」……と、まあ、こんな感じで後輩に気も遣えるようになった、ということですかね(笑)。
でも、連続物の『畔倉』は本当にやってよかったと思っています。

長井 『畔倉』の連続読みは、新宿のレフカダから始まり、2020年1月のあうるすぽっと公演まで、徐々に大きな劇場でやるようになりました。そういう脈々と繋がる流れの中で、お客様も「連続物って、こういうものか」と一回だけではなく、何回も聴くことにより理解していったのだと思います。そして、あうるすぽっとでの全19席をYouTubeで流すというのは、やはり衝撃的でした。一連の流れに拍車をかけたところはありますね。

伯山 実は、YouTubeを見た仲間の落語家や(三遊亭)遊雀師匠までも「なんか畔倉って、連続物って面白いんだね」と言ってくださったりして。だから、仲間内にも連続物の面白さを知ってもらえたんです。
いつも、師匠の神田松鯉が言うように、やはり「連続物」こそが講談の骨子であると思っています。なかなか披露する場がないのですが、数年前、最初は小さな地下の劇場で『畔倉』を下手なりに最後までやり遂げました。70~80人程度のお客様が、いわば治験とでもいう役割をしてくださって。小さな劇場で種を蒔いて、「こうするといいんだ」という感覚をつかみながら、徐々にお客様を増やして作品を実らせて。それがいま、YouTubeで「悪事の馴れ初め」(1話目)が90万回を超える再生回数に繋がっているわけです。
だから、年初めの連続物の会で、あうるすぽっとに来るとぴりっとするところがありますね。とはいえ、やっぱり連続物は楽しいし、講談の基本って連続物なんだなって当たり前のことを感じます。

“真打の武芸物”を模索する


長井 2021年の始まりには、『寛永宮本武蔵伝』(以降『武蔵』)をお選びになりました。伯山先生にとっては、初めて覚えた連続物ですね。最初に師匠に付けてもらったネタが『三方ヶ原軍記』、次に『鉢の木』を覚え、そして『寛永宮本武蔵伝』でした。

伯山 はい。初心に立ち返って武芸物に挑戦しようと思いました。松之丞の時にも『武蔵』をやりましたが、話の終わりが『慶安太平記』や『畔倉』といった連続物ほどにカタルシスが感じられないように思うんです。この最後の部分を工夫することが、今回の勝負だと思っています。

長井 「山田真龍軒」(『武蔵』第15話)は、松之丞時代の出世作といえるでしょう。寄席では連続物から一話だけ抜いて読むことが多く、「狼退治」(『武蔵』の第4話)を読む人はたくさんいますけれど、「山田真龍軒」を抜き読み※2 する人は、これまでにいなかったわけですから。あの話をあれだけ面白く魅せて、現実に結果を出すところまでやったのは凄いことです。ある種、寄席の講談ネタの道をひらいた作品でした。独演会の一席目に聴くと「これだよね、松之丞!」という思いが込み上げます。客席から視認できるくらいの汗をかきながらの大熱演(笑)。

伯山 かいてましたね、汗。あれ、最近、何か汗をかかなくなりましたね……。あ、(場内の)冷房にうるさくなったからかな(笑)。
抜き読みではなく、改めて連続物の途中で「山田真龍軒」を読むというのも死ぬほど恥ずかしいものですよ。でも、それもいいかなと思います。この読み物は若い人にも勢いでわかりやすく聞いてもらうことができるので、人気のテレビ番組「ENGEIグランドスラム」(フジテレビ)でもやりました。僕も、そろそろスタイルを変えなきゃいけないのでしょうけれど、皆さんに喜んでいただいているので頑張って突っ走りたいなとも思いますね。

長井 この『宮本武蔵伝』は神田派の代表作のようなもので、「とにかく面白いものを作ろう!」と、代々、知恵や工夫を絞ってきた結果、現在のような痛快な武芸物になりました。伯山先生が考える本作の見どころ・聴きどころを聞かせてください。

伯山 講談の宮本武蔵には、天正の武蔵(宝井派の『天正宮本武蔵伝』)と寛永の武蔵(神田派の『寛永宮本武蔵伝』)の二つの流派があります。神田派の『寛永宮本武蔵伝』は漫画チックなんですけど、まぁ、迫力があって面白い。宮本武蔵といえば、いまは井上雄彦さんのコミック『バガボンド』(講談社/原作 吉川英治『宮本武蔵』)でおわかりになると思いますが、とにかくキャッチーですね。宮本武蔵は、誰もが知っています。でも、漫画とはまったく登場人物が違いますしキャラクターも違うので、新たな楽しみ方ができると思います。
何よりも『武蔵』の良いところは、予備知識がなくても大丈夫なところ。僕がすべて説明しますので何の準備もいりません。連日、同じところに通って話を聴くというのは、お忙しい皆さんにとっては大変なこと。でも、特殊な会に参加するのはワクワクするし、生涯に一度あるかないかという方もいるでしょう。
僕も徐々にですが、“真打の武芸物”を模索する第一歩になればと思っています。「通ってよかった」と思っていただけるような大団円を迎えられるよう努力したいです。

宮本武蔵の旅を、旅公演で語る妙


長井 今回は、東京・名古屋・福岡のツアー公演となります。東海や九州で伯山先生がどういう風な受け方をするのか、とても興味があります。僕も行ってみたい!

伯山 いやあ、そんなわざわざ……(笑)。でも、実は『武蔵』は、江戸から東海を通って九州に向かう旅の話です。西へ西へと旅するので、各地のお客様には武蔵が歩いて近づいてくる感じも皮膚感覚で楽しんでいただけるものと思います。前夜祭も含むと5日間……、そっか、5日間って大変だな(笑)。 そうだ、大きな声では言えませんが、前回、東京で5日間の『畔倉』を2周読みまして、そのあと名古屋公演に行ったら、「出来」が良かったですね。キレキレでした(笑)。名古屋公演の「三五郎殺し」(『畔倉』第9話)は全然レベルが違いました。だから、連続物の会は東京公演で十分に肩慣らしをさせていただいて、名古屋・福岡公演で腕を鳴らせたらと……。

長井 なんてこった!(笑)

伯山 死闘を繰り返しながら、最後には小次郎を倒した武蔵みたいにね(笑)。全部冗談ですよ。東京公演も頑張ります。先程の治験ではないですが、東京公演のお客様は比較的観劇の機会も多いので、初日の緊張感も楽しんでくださることでしょう。

長井 でも、『武蔵』でツアー公演というのはいいですね。武蔵のツアー(旅)の話をするんだから。

伯山 武蔵でね、連続物でね、名古屋・福岡まで行くっちゅうのは、前座話ですから。落語なら「子ほめ」「牛ほめ」で全国ツアーのイメージですよ(笑)。

長井 きっと、武蔵も喜んでます!(笑)

伯山 先の五代目 宝井馬琴先生は、ご自身の独演会の数日前から怖いくらいに緊張感のある空気をまとって稽古に臨んでいらしたと言うんです。僕は、そんな風だったことがあったかなと考えさせられました。でも、面白いもので、緊張感をもって高座に上がった時と、同じ演目の2回目で落ち着いて高座に上がった時。自分では後者のほうが出来が良かったように思って映像を見返すと、緊張感のある初回のほうが良いことがあるんですよ。

長井 安心してしまっている部分が、表に出てくるのでしょう。

伯山 そうなんです。『武蔵』は、そういう意味でいうと、僕にとっては比較的負担の少ない連続物だから、安心するのは良くないことになります。もう、この東京・名古屋・福岡ツアーは、ゴリゴリに稽古をしていこうと思っています。

長井 いいですね。緊張感を高めて。


伯山 今回の連続読みは初心に立ち返って挑戦しようと思います。稽古をし直すつもりで、改めて言葉を大事にして、一言一言に何か発見があるといいなと思います。『慶安太平記』の時は、全編を読み返すと発見がいっぱいあったんです。加藤市右衛門や柴田三郎兵衛のくだりなんて「いらねぇ、こんな話」とも思ったけれど、最終話で「あの話があるからこそ、最後がこんなにもドラマチックになるんだ」ということがわかりました。お客様のなかには、5日間にわたって連続物の会に通うことなんて生涯に一度の経験となる方もいるかもしれませんので、僕も全力で一生懸命に頑張ろうと思いますね。
伯山の名を継いで、このライフワークについては、お客様にも連続物の会だけは特別というか、「伯山って、連続物の時はちょっと違うよね。鬼気迫るものがあるよね」と思ってもらえるよう「真打としての芸」を突き詰めていきたいと思っています。

長井 期待しています!

講談師 神田松之丞 新春連続読み『畔倉重四郎』完全通し公演2020より<br> 写真はすべて 撮影=橘 蓮二
講談師 神田松之丞 新春連続読み『畔倉重四郎』完全通し公演2020より
 写真はすべて 撮影=橘 蓮二

※1 あうるすぽっと主催の「新春 連続読み 完全通し公演」シリーズは、2019年『慶安太平記』、2020年『畔倉重四郎』、そして、今回2021年『寛永宮本武蔵伝』で3回目を数える。 

※2 寄席は一人あたりの持ち時間が短いため、講談の場合、一席物を読むか、10話~20話程からなる連続物の中から1話だけを抜き出して読むことがある。つまり、1話だけ抜き出しても楽しめる話は限られているため、皆、同じ話を選ぶようになる。「狼退治」は、多くの講談師が抜き読みをしている人気作。

メインビジュアル【デザイン】菅原麻衣子(ycoment) 【宣伝写真】橘 蓮二 【題字】安田有吾

神田伯山(かんだ はくざん)
東京都豊島区出身。2007年、三代目神田松鯉に入門、「松之丞」。2012年、二ツ目昇進。若くして[連続物]や、[端物(一席物)]と言われる数々の読み物を異例の早さで継承した講談師。メディアに多数出演するなど講談普及の先頭に立つ活躍をしている。2020年2月、真打昇進と同時に大名跡・六代目「伯山」を襲名。2017年「平成28 年度 花形演芸大賞」銀賞、2018年「第35 回 浅草芸能大賞」新人賞、2019年「平成30年度 花形演芸大賞」金賞など多数受賞。
ページ上部へもどる