『クリシェ』対談
川村 毅(ティーファクトリー)×
加納幸和(花組芝居)

INTERVIEW

50 INTERVIEW

流行りすたりなどものともせずに、自身の演劇道を邁進し続け幾星霜。日本演劇界の重鎮二人の顔合わせが実現します! 第三エロチカを経てティーファクトリー主宰・川村毅さんと花組芝居座長・加納幸和さん。今年度めでたく還暦を迎えるお二人が、初共演を姉妹役(!)で果たす『クリシェ』は、演劇的事件というべき作品ではないでしょうか。劇集団としてのあり方、演劇への変わらぬ情熱、年齢を経たからこその創作の醍醐味......etc。お二人の「今」をたっぷり伺いました。

――個人的にも長く作品を拝見している川村さんと加納さんが、不勉強ながら同じ年だと今回初めて知りました。

加納 年齢はともかく演劇、劇団的には同世代ですからね。うちの劇団員が川村さんの作品に客演させていただく機会も何度かありましたし。

川村 そうそう、2000年の『わらの心臓』に亡くなった水下きよしさんに客演していただいて。加納さんとはコンクールの審査員を一緒にやったこともあるし、共演・共作の機会こそないけれど、何年かおきに「点」で会っているような関係ですね。

加納 僕らが演劇を始めた当時は、劇団の作風、演技の肌合いが団体ごとに全く違うため、互いに客演するような機会がほとんどなかったんですよ。舞台上で水と油のようにぶつかり合ってしまいますから。最近は、身体性に大きな差異がなくなっていますが。

川村 若い人たちが立派だと思うのは、人間関係を器用にこなしている感じがあるところ。 僕らの頃は、結構バチバチぶつかることもあった、劇団至上主義だから。

加納 劇団ごとの、固有の「言語」を戯曲も身体も強く持っていたんですよね。そうでなければ生き残れなかった。ただ、さらに遡った70年代からのアングラ系劇団とは、また趣が違っているんですが。

川村 全共闘世代は力に訴えるからなぁ(笑)。作品でぶつかり合い、議論するのは結構だけれど、乱暴な振る舞いに及ぶのは幼稚な行為。僕らはアンチだったよね。

――なるほど、時代感が伝わって来ます。長く活動していらっしゃるお二人ですが、同時に、折々若い世代の俳優とも創作を共にしていらっしゃるのも共通項かと。

川村 花組芝居は常に若手が更新されている印象があるよね。

加納 何年かに1人、2人ですけれど有難くはあります。自分も若い頃、大げんかをして劇団を辞めたことがあるので、劇団内での不満は溜めないよう、どの世代にとっても居やすい場にしようということは考えます。同世代の演劇人からは「アイツらぬるま湯だ」とか言われた時期もありますが(笑)。

川村 実感として、劇団は長く続けると内部にヒエラルキーができてしまうということがあって。若者が、僕のような「長」に直接話しかけられないような空気に段々なってしまう。作品に関わる全員がフラットに柔軟に、創りたいものにだけ向かえる環境が欲しくて、僕はプロデュースカンパニーにしたんです。結果、世代を超えた出会い、若い俳優たちとの芝居づくりを楽しんでいます。

――そんなお二人の初共演作となる『クリシェ』は、「川村毅 劇作40周年&還暦」を記念する三作品連続上演の真ん中に位置する公演です。

川村 周到に準備したことではなく、たまたまなんですけれどね。『クリシェ』は1994年に第三エロチカで初演したんですが、当時は30代の女優二人が姉妹役を演じていて、もっとリアルな年齢の俳優で再演したいとずっと考えていたんです。『何がジェーンに起ったか?』(1962年)、『サンセット大通り』(1950年)という、僕の好きなハリウッドの映画がベースにあって、それらのヒロインも50代過ぎていますから。加えて僕自身、自作で女性役を何度か演じるうち、俳優としては女性役のほうが成功しているんじゃないかと思っていて。ならば自分で『クリシェ』をやるとしたら、相手役の同世代の女形は……と考え、加納さんしかいないだろうとお願いした次第です。
加納 こちらはもう最初にお話をいただいた瞬間から、興味興味興味という感じに強く好奇心を刺激され、内容もわからぬうちにお引き受けしました(笑)。

――花組芝居さんは、近年あうるすぽっとでも定期的に公演されており、20年1月下旬の『クリシェ』に先駆けて12月中旬には劇団本公演『義経千本桜』の公演も。2か月連続であうるすぽっとにご出演いただきます。

加納 劇団が大きな作品に取り組む時、あうるすぽっとさんのサイズ感がちょうどいいんです。なので今回も、自分の中ではずっと避けて来た歌舞伎の名作『義経千本桜』に挑むための場所に、選ばせていただきました。

川村 避けていた、というのはどういう意図で?

加納 歌舞伎本体が面白いものを、脚色や翻案、演出するのは難しいんです。僕自身、歌舞伎が大好きだから「本物のほうが良いじゃない」と思ってしまう。けれど、『義経~』ほどの大作は体力のあるうちに取り組まないと納得がいくまで創り・演じられないと思ったので、このタイミングでえいやっと飛び込むことにしました。

川村 僕は6月の実験浄瑠璃劇『毛皮のマリー』を拝見したけれど、加納さんたちがやってらっしゃることは本当に面白いと思った。寺山修司の戯曲に、あんなふうに歌舞伎の要素を取り込んで、華やかに見せられるなんて思ってもみなかったこと。それとはまた別のベクトルで、正調の歌舞伎作品をどう料理するのか、『義経~』も楽しみにしています。

――『クリシェ』に話を戻します。初演では女性が演じた姉妹役を女方で演じること含め、戯曲に改訂も加えるのでしょうか?

川村 基本的なストーリーは変わっていませんが、ディテールは時代感も含めてかなり筆を入れ、新作同然と言っても良いくらいになりそうです。僕は先に挙げた2本の映画当時の、「虚飾にまみれ高慢と自負に溢れたハリウッド女優」という存在が大好きでね。『何が~』のベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォード、『サンセット~』のグロリア・スワンソンは、まさにそういう女優。それに『何が~』が描き出すサイコ・ホラー的な恐怖は、僕のサスペンスやホラー趣味の原点で、それらに対するオマージュが『クリシェ』には詰め込まれている。僕の中の、エンターテインメント要素を集約した作品を、さらに更新できるのが今回非常に楽しみですね。

加納 そんなに思い入れのある作品のヒロイン二人を、オジサン2人で演じていいんですか?(笑)。

川村 さっきも言ったし、加納さんの前で言葉にするのはおこがましいけれど、女性を演じているほうが俳優として解放されて、良い芝居をしてる気が自分ではするんですよ。男役は自分で書いているのもあって、どうも照れちゃうというか。

加納 確かに俳優は、役と距離があるほうが飛び込めますから。自分から遠い役のほうが俳優として饒舌になれる。僕の女形の原点もそこですし、俳優としての生き残り策として始めたところはあります。それを観た寺山修司さんが褒めて下さったもので、いい気になってしまったんです(笑)。

川村 あぁ、『毛皮のマリー』のカーテンコールでも話してましたね。

加納 ええ、劇団プア・ハウス時代のことで、主宰の大町美千代が寺山さんの“最後の弟子”と言われた人物。それで病気もだいぶ進行していたのに、寺山さんが何度か公演を観に来て下さり、僕の女形を見ていただくことができたんです。

川村 貴重な機会だよねぇ。そう、今回女形で姉妹役を演じられることになったので、えげつない罵り合いなどをだいぶ加筆したのも大きな変化ですね。女優同志でやりあったら居たたまれないような、グロテスクな罵倒なども書かせてもらったから。普段の稽古場だって、俳優が集まれば業や欲望、嫉妬が渦巻く瞬間はあるけれど、それを表に出したら芝居なんてやってられない。みんな適度に按配や忖度をしているけれど、この戯曲はその部分を最高値に設定し、せりふにしているんです。しかも女優で姉妹という設定が、その効果を最大級に引き出すはず。札が揃った作品です。

加納 実際、ベテラン女優さん同士の会話は、耳にしてギョッとするようなことがありますよね。楽屋での会話なんて「そこまで言います⁉」というほどの、批判というか悪口というかが漏れ聞こえてきてドキドキしたことが何度かありますよ。

川村 女性楽屋はオソロシイものだよ(笑)。わざと聞こえるように言ってるんでしょう、加納さんに。

加納 それはありますね、きっと。

川村 『女楽屋』というタイトルで、芝居が書けそうだな(笑)。

――歌舞伎の名作大作にも、ドロドロとした人間の業に焦点を当てたものが少なくありません。

加納 歌舞伎は、それが生まれる環境・歌舞伎界の人間関係がドロリと濃厚ですからね。そういうものが生まれても不思議はないでしょう。

――劇作40周年&還暦という節目に合わせた企画は、川村さんが長く創作を続けていくうえで必要なこととお考えでしょうか?

川村 冒頭でも言いましたが、こういうことは周到に用意しないほうが成功すると思っていて。今回も3作を続けて上演するタイミングがあり、それが新作を書き演出する『ノート』と旧作の再創造と出演する『クリシェ』、さらに初演時は演出を白井晃さんに委ねた『4』を自分で演出するという、劇作家・俳優・演出という僕がやってきたことの、それぞれが際立つ作品が並んだことで、周年を謳えるな、と思っただけなんです。

加納 今伺うと、結果この三作で川村さんの仕事を見返すと同時に、この先のことを考えようという想いがちゃんと織り込まれている感じがしますね。

川村 それはあります。劇作も演出も、その時々でスタイルは変わっているけれど、60歳を前にして改めて振り返ると、やろうとしていることは20代と変わらないと思った。だから『クリシェ』のように、20代~30代でつくった作品を、全く違う視点で再創造したいという欲求が湧いたんでしょう。10月下旬に幕を開けた第一弾の『ノート』も、先に話した水下さん客演の『わらの心臓』と同じくオウム真理教を題材にしたもので、ある種の振り返りが含まれている作品。こういう境地になるんだと、自分でも発見した気分ですよ。

加納 還暦は人生一巡して生まれ変わる年ですから、まさに必然の企画ですね。

川村 まだ体力的にガクンとは来ていないから、できるうちにやっておかないと(笑)。

加納 僕は劇団の周年は考えても、自分でそういう節目を意識したことがなくて。その分周りからは色々言っていただくんですよね。50歳になった時には「生前葬をやれば」なんて言われたし、それこそ還暦記念には「還暦は赤い衣裳を着て祝うから、赤姫(歌舞伎に登場する代表的なお姫様役を指す。『本朝廿四孝』の八重垣姫など)をやれば」なんて言われて。

――それは是非拝見したいです!

加納 梨園では「女形は60代から」なんて言われますが、どうでしょうねぇ。

川村 まぁ、どんなに頑張ってもこれまで生きて来た時間以上に生きられる訳はないので、やりたいことをやっていくしかないでしょう。

加納 確かに。まずは『クリシェ』からですね!

取材・文:尾上そら 撮影:市来朋久

川村毅
1959年12月22日生まれ。
1980年当時明治大学演劇研究部の学生を中心に劇団「第三エロチカ」を設立。主宰、劇作、演出、俳優をつとめる。2010年30周年をもって劇団を解散。プロデュースカンパニー「ティーファクトリー」を主宰し活動拠点としている。 近年俳優として出演することは極めて稀乍、『卒塔婆小町』老婆、『毛皮のマリー』マリー、『少女仮面』老婆など、実は名怪優として女役出演にファンがいる。
加納幸和
1960年1月25日生まれ。
1987年日大藝術学部出身の俳優を中心に劇団「花組芝居」を設立。主宰、俳優、演出、脚本をつとめる。男優のみの、ネオかぶきを標ぼうした劇団公演を30余年つづける傍ら、商業演劇の演出、映像作品への出演、と幅広く活動している。花組芝居では美しくも生々しい女形として長年多くのファンがいる。
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