『光の音:影の音―耳だけで聞くものなのか―』

南村千里さん(『光の音:影の音』アーティスティック・ディレクター)

2016年12月15日(木曜)~18日(日曜)開催
『ノイズの海 The Sea of Noises』公演時のインタビューです。
39 INTERVIEW

南村千里さんは現在、イギリスをベースに数々の作品を生み出している、ろう者でもあるダンス・アーティスト。きこえない人が、どのように世界を認識しているのか、きこえる側は考え、想像するしかない。同様にきこえない人も、音とは何か、音楽とは何かを考え、想像している。聴覚の壁を越えて、世界を感じ取ろうとする南村さんと、最先端の映像表現のアーティスト集団、ライゾマティクスリサーチとのコラボレーションが決定! 意気込みをきいた。

――南村さんは、どのようにダンスと出会ったのですか?

南村:「私は生後7ヶ月で病気になり、治療に使われた薬の副作用で聴覚を失いました。処方しなければ命が危ないという苦渋の判断でした。
音の記憶はなく、長いこと音や音楽は私と無関係なものだと思っていました。 芸術大学では日本画を描きつつ、物足りなさを感じていました。そこへイギリスから障害者と健常者によるAMICI Dance Theatre Companyのディレクター、ヴォルフガング・シュタンゲ氏が来日しました。彼のワークショップを受けたとき、私は2次元(日本画)から3次元のアートに出会ったのです。言葉を使わなくても身体を使えばアートができる!と可能性が開けました。
日本人と違ってイギリス人は『あなたの耳がきこえないのはわかった。それであなたは何ができるの?』ときいてきました。そこで私は、『きこえないからできない』ではなくて、『きこえない私は何ができるのか』を考えるようになりました。それでコミュニティ・ダンス(アーティストと協力して地域の人々がダンスやアート作品を作る。イギリスが発祥で、障害者も、ともに参加する)を学ぶため1998年にイギリスのトリニティ・ラバン・コンサヴァトワール大学へ留学しました。一度帰国し、日本でコミュニティ・ダンスの啓蒙活動をおこなった後、カンドゥーコ(Candoco Dance Company)のダンサーとして再渡英しました」

――発想の転換が可能性の扉を開いたわけですね。今回のプロジェクトのテーマは『音を、きこえない側からの観点から描く』いうことだそうですが、どのようなものになるのでしょう。

南村:「きこえない人は、その分、他の感覚を広く使える場合があります。たとえば私は友人と車に乗っていて、いつもとは違う微かな振動を感じたことがありました。友人がつけたカーラジオの「音」を「振動」として認識していたんです。あまりに微細なので友人は感知できませんでしたが、私は耳がきこえないことで、振動を感じ取る感覚が発達・拡張していることを実感しました。そして私は『きこえないという障害』を持っているのではない。『きこえないという感覚』を持っているのだと思うようになりました。」

――たしかに誰しも「自分の感覚を総動員して世界を認識している」という点では変わりませんね。きこえない人は、きこえる人と別の形で感じているというだけで。

南村:「そうです。『きこえない感覚』とは何か、が私の創作のテーマのひとつです。たとえば、あなただったら、音がきこえない人に、『音楽』をどう説明しますか?

――難しいですね。「メロディやリズムによって感情がわき起こってくること」でしょうか。抽象的でうまくないですが…… リズムとは、たとえば鼓動です。

南村:「いいですね! 私にも、ゆっくり歩くときと走るときとでは鼓動の速さが違ってくることは実感としてわかります。それがリズム。ではメロディはどうですか?」

――たとえば(肩をポンポンと叩いて)これがリズム。単発の振動の繰り返しです。そして(強弱を付けて肩をさすって)これがメロディ。切れ目のない刺激の連なり。

南村:「とても面白いですね!初めてきく喩えですが(笑)、とてもわかりやすいです」

――しかし……なるほど。自分と違う感覚を持つ人に伝えるのは本当に難しいことですね(笑)。今回ライゾマティクスとコラボレーションされますが、身体と映像がリアルタイムに関わっていくんでしょうか。

南村:「私たちの考える音楽と、きこえる人が感じている音楽は、どこが同じでどこが違うのか。それをアートとして表現したいと思っています。まずは、ダンサーが楽器や音そのものになることです。私は音楽を耳できいたことはありませんが、著名なジョン・ケージ氏や武満徹氏など作曲家の何人かは「音楽は数学だ」と言っています。音楽は見えないけれど、数字は見ることができる。だから私は音楽を数学的に見られるように『楽譜』と呼んでいる『記譜』を作り『数的秩序による振付』をしています」

――振動として感じ取った音楽を、数学的な記譜に置き換えることで視覚化し振付をする、ということですか?

南村:「はい。そのためにiPadなどで『記譜』を作るアプリも開発して、ネットに上げています。」

――舞踊譜(舞踊のための記譜)は、ルドルフ・ラバン(先述したトリニティ・ラバンは彼の名にちなむ)の「ラバノーテーション」など、いろいろな人が挑戦していますが、あまり実用的なものはありません。しかしこれはすごいですね。

南村:「どなたでもダウンロードできますよ。私の作品の作り方もわかりますし、記譜に従って踊ることができます」

――南村さんは、これまでどういう作品を作られてきたのですか。

南村:「『成形する音2』という作品では、ドイツ人の音響学の専門家ダーク・パシェルと、俳優出身のガイ・ダートネルと三人のコラボレーションでした。パシェルは、車や飛行機などが発する音を分析して内部の故障等を発見する、非破壊検査の専門家です。アーティストではありませんが、私はそういうテクノロジー専門家の方が好きですね。この作品では、動きながら発せられる私の声が、空間をどのように伝わっていくかをリアルタイムで映像化しました。てっきり水面に石を投げ込んだように声の波紋ができるのかと思っていたのですが、実際にはまばらに空間へ濃淡ができていくのが、とても面白かったですね」

――そのとき、ご自身の声は当然きこえていないわけですよね?

南村:「きこえません。ただ声帯が震える振動はわかるので、うがいでガラガラするような感覚はわかります。  現在も複数のプロジェクトを並行して進めていますが、国際的な共同プロジェクトも多いですね。またイギリスの美術館では手話で美術の解説をする仕事もしています」

「成形する音2」より
「成形する音2」より

――やはり作品のテーマは音に関することでしょうか?

南村:「それだけではありません。ロンドン五輪(2012年)のとき、やはり障害者とともに作品を創るイギリスの劇団グレイアイと国立サーカスセンターとの合同プロジェクトに参加したことがありました。ロンドン・パラリンピックの開会式に出演するためです。オーストラリアのストレンジフルーツというカンパニーとの共同制作でした。彼らは大きくしなる4メートルの高さのポールの先端に立つパフォーマンスで有名です。障害者がエアリアル(空中演技)のためにワークショップを受けるわけですが、2週間もすると筋肉がついて、腹筋が割れてくるんですよ(笑)。足のない人は手だけでポールをのぼり、先端に設置された義足を装着する。障害のある人も、危険な作品(むろん万全の安全策は講じてありますが)に挑戦することで世界観が広がるわけです」

――「障害者は、守るべき弱い存在」という思い込みへの挑戦ですね。それは社会のみならず、障害者自身にも必要なことです。日本にも挑戦している人はいるのですが、怪我の心配や、先回りして保険をかける手間などが煩雑で、続けるのが難しい現状があります。

南村:「様々な障害者にフレキシブルに対応できることと、その人に合ったアクセスを確保することが分かれば、そんなに難しいことではありません。あと特に大切なのは、『障害を持つ人がリードする』ということです。グレイアイの演出家のジェニー・シーレイは私と同じ聴覚障害者ですが、パラリンピック開会式の共同ディレクターをやりました」

――なるほど。一緒にやることが重要ですね。

南村:「私も様々な活動を通して、日本では障害者と仕事をした経験のない人が圧倒的に多いなと実感しています。多くの人が『障害のある人と仕事をする意味・意義を考えるきっかけ』を作ることも、私の重要な仕事の一つだと思っています。今回の企画も、あうるすぽっとが連携している大塚ろう学校でのワークショップが始まりでした。地域に根ざした活動のなかに障害のある人も巻き込んでいく活動を継続してきたと伺っています。じつに素晴らしいですね」

――ただ意地の悪い言い方をすると、どんなに有意義であっても、パフォーマンスとして上演する以上、何らかの形で観客を魅了する必要がありますよね。

南村:「その通りです。『きこえない人が頑張って作ったのね』というものなら、やっても意味がない。私が興味があるのは『アートと感覚の融合』ということです。たとえば『カレーを食べる』ということを音で表現するとすると、どうしますか?」

――うーん、「カチャカチャ?」

南村:「食べたときの音ではなく、カレーを食べた感覚を音でいうと?」

――……すみません、ちょっと思い浮かびませんね。

南村:「もちろん、私も音がきこえないのでわかりません。でもそういう、まだ互いが知らない領域にアートは斬り込んでいけると思うんです。そして国ごとに違う文化やテクノロジーが媒介となって、大きな可能性を開いてくれると信じています。だから多くの人とコラボレーションするのが楽しみなんです」

――なるほど。

南村:「先ほど『きこえないという感覚を持つ』という話で、私は車の大きな振動の中でもラジオの小さな音の振動を感じ取れた話をしましたね。でも音がきこえる人は、騒音に満ちたカフェで自分の名前が呼ばれると選択的にきき分けることができるそうですね。素晴らしい。どんな感じなんでしょう。今回のタイトルが『ノイズの海』というのですが、このあたりのことは重要なカギになってくると思います」

――たとえば家電量販店に行くと、大量のテレビモニターが置いてありますよね。同じ番組を放映していても、モニターに表示される色味は全然違うじゃないですか。同じように、同じ音楽を耳にしても、そこから受け取るものは百人百様ですよね。

南村:「なるほど。きこえる人が、皆同じようにきいているわけではないということですね」

――そうです。そして「きこえない人」と一概に言っても、先天性と後天性では音への認識も違うでしょうし、全くきこえない人、微かにならきこえる人、ずっと雑音が鳴り続けている人、色々ありますよね。

南村:「その通りです。私の作った作品は、『きこえる人と分かち合えるか』というだけではなくて、多様な『きこえない人たちとも分かち合えるか』ということにも挑戦しないといけません。そこが非常に難しく、とても楽しみなところなんです。この作品によって、観客の全てが『音をきく』こと自体を様々な視点で捉え直し、考え直し、新しい感覚を開発するきっかけになってほしいですね」

取材・文:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家) 写真:市来朋久

南村千里
プロフィール
生後7ヶ月目に聴力を失い、きこえない世界へ。 女子美術大学日本画学士号習得。ロンドンのラバン校卒業後、横浜国立大学大学院修士課程修了。 2003年より2006年末まで、英国のCandoco Dance Companyのダンスアーティストとして活動。
現在、フリーランスアーティストとして、ロンドンを拠点にアジア、アフリカ、欧米など20カ国40都市以上で公演、ワークショップを実施。
振付作品に「SCOT」(Resolution 2007 @ the Place)、「Canon for Duet」(Place Prize 2008 / Firsts 2008 @ ロイヤルオペラハウス)、「BEATS」(BEACDS 2009 / Liberty Festival 2009)、「NEW BEATS」(Stepping East 2010 / DaDaFest International 2010 / Spring Dance @ ユトレヒト 2011)、「Ring the Changes+」(Unlimited 2014 / Networked Bodies Festival 2014 / 6th International Festival, InShadow @ リスボン 2014)、「Passages of Time」(Brighton Digital Festival 2016)がある。2012年より、英語手話による芸術解説をテートモダン美術館、テートブリテン美術館、ナショナルポートレートギャラリー、ホワイトチャペルギャラリーなどで手がける。 ロンドンパラリンピック開会式2012に、パフォーマーとして出演。
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