講談師 神田伯山 新春連続読み
『寛永宮本武蔵伝』完全通し公演 令和四年
2022年1月6日(木曜)~ 1月16日(日曜)上演

FEATURE

『寛永宮本武蔵伝』は神田伯山さんが初めて覚えた連続物で、あうるすぽっとに初登場したときの読み物も本作の一席「狼退治」(第4話)でした。「狼退治」は一席物としても人気ですが、連続読みの中で聴く機会は少ないため、その点もファンにとっては楽しみのひとつとなるでしょう。
真打として、伯山の名では最初の連続物の通し公演となる本作では、どのような舞台を見せてくれるでしょうか。 連続読みをレンズで捉え続けている演芸写真家の橘蓮二さんが、その魅力を語ります。


大初日の第一声から大団円に至るまでの5日間、観客は無限の拡がりと深度を持つ伯山講談の世界に入り込むと次第に感覚が融解し、やがて物語と一体となり、遂には得も言われぬカタルシスに身を委ねることになる。
 濃密で洗練された言葉から紡ぎ出す緩急自在の台詞廻し、スピード感とリズム感を併せ持つ無駄を削ぎ落とした所作、そして感情の微細な粒子までも抽出する卓越した人物描写。他に類を見ない圧倒的な世界観を全話通しで存分に体感できるのが正月恒例となった『講談師 神田伯山 新春連続読み』だ。


 講談という一大叙情詩の中で高揚感溢れる場面を語る抜き読みとは異なる連続読みの大きな魅力のひとつは、何と言っても講談師の実力が最も際立つ所謂ストーリーの起伏が少ないダレ場での表現力だ。昨年、全19話を通して人間の心の闇を形象させた『畔倉重四郎』や『天保水滸伝』に於ける笹川繁蔵、飯岡助五郎、平手造酒といった主要人物だけではなく、全ての登場人物が内奥に隠し持った幾層にも重なった欲望や情念に絡め捕られてゆく姿を細部に至るまで的確かつ精緻に描き切る。温度や湿度、匂いまで感じられる静謐で厚みのある語りが生み出す心の陰影と質感が物語全体に奥行きと立体感を与える。そして台詞と張り扇が旋律を刻みながら一気にクライマックスへとかけ上がり鮮やかに物語が昇華されていく。


 演芸写真家として四半世紀以上ファインダー越しに数多の芸人さんを見続けてきたが伯山先生ほど熱狂と静寂の振り幅が大きい、即ち評価が高まれば高まるほどより深く己に厳しく向き合おうとする表現者を知らない。日々講談を読み解き再構成し稽古を積み重ねていく姿からは講談に生涯を捧げた表現者の覚悟が見てとれる。例年この公演に於いても毎日同時刻に劇場入りし、ひとり楽屋に籠り本番直前まで話を浚うルーティンを崩さない。つまり伯山先生の連続読みは劇場入りから既に始まっているのである。もちろん音響、照明、舞台周りから楽屋裏に至るまで支える全てのスタッフ、そして連日同じ席から見届けるお客様も今公演を共に創り上げていく一員であることは言うまでもない。


 一年の延期を経ていよいよ神田伯山襲名以来初の新春連続読み『寛永宮本武蔵伝』の幕が上がる。
 静まりかえる場内に出囃子が流れ袖の暗がりから眩い光の中へ、やや俯き加減に歩を進めゆっくりと高座に上がる。深々と心を込めたお辞儀の後、スッとメガネを外すや否や「パンッ!」と張り扇一閃!その刹那、日常の境界線は消え去り観客は物語の真っ只中に立つ目撃者となる。

画像はすべて撮影:橘蓮二

神田伯山よりコメント

ありとあらゆる興行が、延期をしております。

ひどいのになりますと、延期興行の延期興行のそのまた延期興行で、お客様半分にしてのソーシャルディスタンス昼夜公演という、大変な状況になっております。

「寛永宮本武蔵伝」は、一年間。私もお客様も待たされました。

佐々木小次郎を待たせてジリジリさせた、宮本武蔵の計略のようです。

そう思うと、この公演は武蔵の思い通りかもしれません。

さぁ、ようやく武蔵が参ります。開幕です。

神田伯山
東京都豊島区出身。2007年、三代目神田松鯉に入門、「松之丞」。2012年、二ツ目昇進。若くして[連続物]や、[端物(一席物)]と言われる数々の読み物を異例の早さで継承した講談師。メディアに多数出演するなど講談普及の先頭に立つ活躍をしている。2020年2月、真打昇進と同時に大名跡・六代目「伯山」を襲名。2017年「平成28 年度 花形演芸大賞」銀賞、2018年「第35 回 浅草芸能大賞」新人賞、2019年「平成30年度 花形演芸大賞」金賞など多数受賞。
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