――お二人は、東アジア文化都市というイベントをご存知でしたか?
スズキ:いえ、知りませんでした。「東アジア」と聞いただけでは、どこからどこまでの国が含まれるのかも、恥ずかしながらピンと来なくて。
近藤:僕もだよ。
――定義としてはユーラシア大陸東部にあたるアジア地域一帯を指すそうで、北西からモンゴル高原、中国大陸、朝鮮半島、日本列島などを含むそうです。コンドルズは多くの国をめぐる海外ツアーを行っていますし、お二人は海外でも活動していらっしゃるか、と。
近藤:コンドルズのツアーはディープな国がやたら多いんだよね(笑)。海外公演と言えば、毎年やっている『にゅ~盆踊り』は、あうるすぽっとで生まれて、今年は「東アジア~」の舞台芸術部門スペシャル事業にもなっているけど、僕たちはこの1月に香港で、盆踊りをやってきたんだ。香港はウェストクーロン地区に新たな劇場エリアを開発中で、それにちなんで週末には、アジアの文化に関連した催しを公園で開催している。そこに招かれたわけです。メンバーは先乗りして、参加者に振付を教える香港版の「しゃ~隊」をつくり、提灯などはないから裸電球をつらねて会場を飾り、簡単な櫓も作ったりして、現地の方たちも面白がってくれたよ。
スズキ:香港にも盆踊り的な習慣はあるんですか?
近藤:どうだろう……聞いてこなかったな、お正月に獅子舞が踊る祭事はあるけど。ただ、盆踊りを楽しんでくれている香港の参加者の様子を見ていると、「国や言葉は違っても、人が集まって気持ちが高揚したら、自然発生的に踊りや歌が生まれて来るのかも」と思えてきたんだ。
――スズキさんは、ご自身が主宰であるダンスユニットCHAiroiPLINで、韓国との共同制作を回を重ねて行っていますよね。
スズキ:はい、国際交流基金の企画なんですが「日韓共同制作プロジェクト」として、2016年の『아바바바바(あばばばば)』(芥川龍之介 原作)と17年の『春よ春』(金裕貞 原作)の2作を日韓合同チームでつくり、上演しています。後者を7月に『春春~ボムボム~』として新たにつくり直し、あうるすぽっとで上演させていただきますが、それも「東アジア~」のスペシャル事業です。
近藤:どんな内容なの?
スズキ:韓国では教科書にも載っている話で、農村地域の家に入り婿としてやってきた男が、その家の娘となかなか結婚させてもらえず、畑仕事にこき使われ、最後はキレて舅と取っ組み合いのケンカになるんです。設定だけ聞くと可哀そうですが、主人公の婿の青年が、なんだかボーっとしていてタツローさん(コンドルズメンバーの田中たつろう)みたいだから、可笑しみがあるんですよ。
近藤:(爆笑)ヒドイね、それ。でも面白そう、観たくなるな。
スズキ:最初が芥川だったので、「韓国のキャッチーな物語を題材にしたいから教えて」と交流基金の担当者さんにお願いしたら教えてくれたのがコレなんです。金裕貞は太平洋戦争前、日本統治時代の作家で29歳で夭折した人ですが、芥川と同じくらい韓国では知られている人だそうです。
――初演の舞台映像を拝見しましたが、舞台装置から衣裳まで紙でつくった演出が面白く、客席も大いに盛り上がっていました。
スズキ:ええうれしかったです。でも韓国に限らず、海外のお客様のほうが全般的に日本よりノリがいいですよね。
近藤:それは確かに。どこの国もレスポンスがとても良い。
スズキ:「喜ぶために生きている」感が、韓国の客席からは強く感じられました。個人的にはキムチが好きになり過ぎて、毎日の食卓に欠かせなくなってます(笑)。食べ物の話は、海外の人と仲良くなるきっかけになりますよね?
近藤:そうそう、「ここは何が美味しいの?」みたいな会話は、国内外、初めて行く土地でのワークショップの前にしたりするし、それがつくるダンスのヒントにもなる。それにダンスを一緒にするということは、言葉以上に近しく、仲良くなるために有効なことだから。
スズキ:それは確かに。僕は英語も韓国語もまったく喋ることができないし、通訳の方が伝えてくれたことが正解かどうかもわからない。でも一緒に踊ると、言葉を飛び越えて繋がれるんです。良平さんも「そこはシャーっとやって」とか、言葉を超えた説明をしますけど(笑)、それも同じことですよね。
近藤:先週、岐阜県可児市の劇場で市民と地元オーケストラが共演するダンスをつくってきたんだけど、小学4年から70代半ばまでダンサーだけで約50人いてね。しかもダンス経験者より、子どもたちと高齢の方が圧倒的に多かった(笑)。身体も動ける範囲もバラバラだから、言葉で説明しても仕方ない。踊ってみることが意図を伝え、共有する一番有効な手段だとつくづく思った。踊る、参加者の身体から逆に、土地の風土や地域性みたいなものを感じられる瞬間もあるし、面白いなぁといつも思うんだ。
スズキ:子どもたちのほうが、心も身体も開くのが速いけれど、最終的には大人も同じように開放的になれるのも、ダンスの良いところですよね。
近藤:そうだね。5年前くらいまでは、「もっと大人も気軽に踊ってくれたらいいのに……」と思ったりもしていたけれど、最近は大人もみな積極的で『にゅ~盆踊り』にも寄ってくれる人が増えたな、と思う。
――ネット上の、顔の見えない過剰なコミュニケーションに疲れ、日常に精神的な不安など抱えた現代人にとって「踊る」ことは、最高のリフレッシュなのかも知れませんね。
スズキ:子どもは逆に、創作の過程にすごく積極的に参加してくれて、大人顔負けの指摘や意見をくれるんですよ。あうるすぽっとで開催している、遊ぶ演劇「こどもワークショップ」など子どもたちを対象にしたワークショップや、子どもも出演する作品をつくる際は、途中から僕は「次、どうすると良いと思う?」など子どもたちに普通に意見を求めることが多いです。みんな前後のシーンのこともちゃんと考えて、「こっちから出て来たから、次は反対に動けば」とか、結構的確なアドバイスをくれて、僕が「そっかぁ」と感心することも多々あります(笑)。
近藤:子どもたちはキャッチする能力が高いし、集中力もあるからね。大人のほうが稽古でもマゴマゴして、「大人がちゃんとやってくれない」と子どもたちにブーブー言われたりしている(笑)。そんな、普段と逆転した関係が、大人にも子どもにも自由で楽しい時間になっているんじゃないかな。大人同士でも、ちょっと先輩の人が後から加わった人に「もっとこうするといいですよ」とか、自発的に先生になっていたりするんだけど、ああいう個人個人の垣根を超えたやりとりも、日常生活では恥ずかしくてやりにくいかも知れないけれど、ワークショップやダンスの現場というだけで非日常だからハードルを越えやすいんだろうね。身体を動かすと心もほぐれるというか。
――舞踏のワークショップでは、顔などを白塗りにした途端、参加者の様子が変わると。
スズキ:きっとすごく開放されるんでしょうね、顔を塗った瞬間に。それ、わかるなぁ。僕らコンドルズメンバー、特に先輩方は学ランを着た瞬間に若返りますからね(笑)。
――「東アジア~」の企画として、また夏にオープンする豊島区立芸術文化劇場のこけら落としシリーズの一環として、11月に近藤さんはコンドルズと区民が共演するダンスをつくられます。日・中・韓のかけ橋に、という意味も込めて『Bridges to Babylon-ブリッジズ・トゥ・バビロン- 』というタイトルだそうですね。
近藤:そう、でもまだ白紙の部分のほうが多い状態です(笑)。僕自身が豊島区在住で、豊島区の劇場であるあうるすぽっととも、開館以来何度も仕事を重ねて来た。いわばホームではあるけれど、同時にまだまだ知らないことも多くあるはずなんですよ。出会った人もごく一部だし。11月の新作、区民とつくる現場では改めて「豊島区ってこういう街なんだ。豊島区の人たちってこんなことが好きで、こういう空気を醸し出すんだな」というような、色々な発見をしていきたいと思っているんです。
――よく知る街と人だからこそ、新しい目でそこに向き合って作品を生み出すのは意義の深いことだと思います。
近藤:そうだね。ただ住んで生活している以上に豊島区と関われたのは、あうるすぽっとができて、僕らアーティストに創造と出会いの場を提供してくれたから、というのも大きいよね。今回、上演会場はあうるすぽっとではないけれど、全部繋がっていることだと僕は思っている。
スズキ:確かに僕も、コンドルズでもCHAiroiPLINとしてもあうるすぽっとの舞台には立たせていただいていますし、子どもたちの企画も毎夏新作をつくらせていただいています。場所や街、人をよく知っているからこそ、いつも以上に自信を持って作品をつくることができると思うし、存分にお客様に楽しんでいただける環境も整っている。そこに感謝しつつ今回は、さらに広いエリアの人に発信するのが任務になりそうですね。
近藤:子どもも大人も、プロじゃない方たちとつくる作品は過程が面白いでしょ? 思わぬことが起きて、それを乗り越えるために全員が異常に盛り上がったり、僕自身もハンパなくテンションがあがるとか、「仕事」では味わえないことだから。周囲でいつものスタッフが、右往左往してくれる姿を見るのも楽しいし(笑)。
スズキ:わかります! 僕は途中から完全に、子ども側に行っちゃいますから。
――『春春』は、今回は子どもたちは参加しないんですよね。
スズキ:はい、前回の韓国公演の出演者含め、日韓混成メンバーでリクリエイションをするので、異文化交流だけで精一杯になりそうです(笑)。韓国上演版は、韓国語を喋れない僕ら日本チームが片言で喋る面白さまでを取り入れたつくり方をしていた。でも、今回は日本で、日本のお客様に見せるものなので、かなりつくりかえることになりそうです。ただ、紙を使った演出は、折り紙が日本独自の文化だと知って、韓国の小説に日本の文化を織り込むために使ったアイデア。そこは上手く活かしたいと思っています。
あとは参加してくれる韓国の俳優さんたちに、豊島区を中心とした日本を案内できるのも楽しみで。今から観光の栞を作ろうかと思うくらいの勢いです(笑)。
――『Bridges to Babylon~』に決まっていることはありますか?
近藤:具体的にはまだ何も、です。可児市は約50人+オーケストラだったけれど、同じくらいかそれ以上の出演者にはなりそうで、ちょっとドキドキしてます(笑)。豊島区民というしばりだけで、年齢も性別も人種も問わない構成になると思うので、僕自身もそのことを存分に楽しみたいと思っています。
取材・文:尾上そら 撮影:市来朋久