『慶安太平記』

神田松之丞さん

47 INTERVIEW

飛ぶ鳥を落とす勢い――。まさにこの表現がぴったり当てはまるのが、講談師の神田松之丞さん。師匠・三代目松鯉さんに入門して11年目の二ツ目ながら、エネルギッシュな高座には、通から初心者までノックアウトされる人が続出中とか。そんなノリにノッてる中で挑むのが、江戸時代に起こった実際の事件を基にした全19話の連続物『慶安太平記』の通し上演です。豊島区出身という「あうるすぽっと」にも縁の深い松之丞さんの意気込みに迫りました。

連続物が講談の魅力

――松之丞さんの活躍で講談にスポットが当たっていますが、落語に比べると、まだまだ馴染みが薄いような気がします。どちらも「ひとり芸」というところは共通していますが、落語と講談の違いは何でしょうか?

松之丞:いろんなところで訊かれるのですが、難しいんですよね。一般的には落語は、みんなが「あるある」って思う普遍的なフィクションで、講談はノンフィクションって言いますが、例外も多いです。講談はノンフィクションの形は取っているんですが、まったく元がない話もあるし、人物名だけの時もある。そうかと思えば、8割くらい本当というのがあります。ほんと、ひとくくりにはできないですね。

――「講釈師見てきたような嘘を言い」なんて川柳がありますが、講釈師(講談師)にかかると、本当らしく聞こえるということなんですね。

松之丞:そこが面白いですね。大きな違いは、今回やらせていただく「連続物」かなって思います。落語は一話完結の物が多いんですけど、講談は長い話が多い。時代が変わって長い話をかけられる機会は少なくなってきていますが、連続物は改めて聴くとすごく面白い。今の大河ドラマとか朝ドラとか連載漫画とかは、その手法です。背景とかが綿密なんですよね。

空気を作る張扇は相棒

――見た目も違いますよね。高座には、釈台と呼ばれる小さな机のようなものが置かれています。その釈台を手にした扇子と張扇でパパン、ピシッと、絶妙の間合いでたたく音は、講談ならではです。

松之丞:学校で着物を着てホワイトボードの前に立って講釈の歴史について説明したんですが、釈台の前に座って左手に扇子、右手に張扇を持って同じことを言った時と、生徒の集中力が全然違うんです。おそらくフォーマットとして、あの形になると人って聴く姿勢になるんだなってことが分かりました。あの形は、意外と人に物語を伝えるのに効果的なんだな、そこに聴く態勢を作るんだなって。だから釈台がないとやりにくいし、ソワソワしちゃいます。

――張扇は演者がそれぞれ自分で作ると聞きました。釈台をたたく音も、演者によって違うんですか?

松之丞:違いますねえ。釈台によっても響きは違いますし、改めてすごい道具だなって思います。自分の体調によっても音が違う。楽器ですよね。相方みたいなところもあり、うまいこと口が回らないって時には、張扇が「ピシッ」と、いい音を出すと、お客様の空気が変わるんです。張扇の音に、こっちも引っ張られる時もあります。物語がおおいに引き締まるってことは往々にしてあります。だから、(人間国宝の一龍齋)貞水先生が「張扇もしゃべるぞ」って言っていたのは、まさにそうだなと思います。最近は特にそういうのを感じます。

――張扇をたたくタイミングも、人によってそれぞれですよね。

松之丞:基本的には、たたくタイミングは自由です。自分自身、同じ読み物でも、日によって違います。しゃべる言葉より違ったりします。名人になるとあまりたたかないって言いますけど、それもあまりよく分かりません。例えば世話物(町人の生活を描いた物)は、たたかないって言っている先生もいるんですが、そういう教えがあることは理解しつつ、たたいた時にいかに効果的に喜んでもらえるのか。たたかない方が効果的であるというところは確かにあるので、自分の中で探っているところです。威勢のいい軍談とか、武芸ものをやる時は、釈台と張扇が良くないと面白さが半減します。そこはすごく大事にしなきゃなっていうのに、ようやく気がつきました。

悪人の活躍にドキドキ

――今回通しで読まれる『慶安太平記』は江戸時代、由井正雪という実在の人物が企てた実際の事件が基になっています。どういったところが聴きどころでしょうか?

松之丞 一人の人間が生まれてから死んでいくまでに迫っている話です。ひとことで言えば幕府に対するクーデターの話なので、分かりやすいと言えば、分かりやすいと思います。途中、仲間をどんどんと集めていくところで、ダレたりはするんですけど、基本的には計画して、実行して、それが失敗に終わるという単純なストーリーです。
最近分かってきたんですけど、やってみるとお客様が非常に喜んでくれるし、胸をドキドキさせてくれるものが、結構この話に入っているんです。悪人で、本来ならば許されるような主人公じゃないんですが、お客様が次第にその世界に入っていって、正雪の視点で見るようになるんです。

――まさにピカレスクロマンあふれる大河ドラマですよね。

松之丞:正雪は最後、いい感じで死ぬんですが、正雪の最期は18話目で、一味の最期が19話目なんです。主人公が死んでいるので19話目は明らかに蛇足なのですが、うちの師匠は手下がやられていく模様を見事な終わりにしています。18席でいいかなとも思ったのですが、壮絶かつ美しいので、19席フルでやろうと決意しました。その方が逃げてない感じもありますしね。
うちの師匠は連続物にこだわっている人生で、師匠の二代目山陽に、時代錯誤だと言われながらも、突っぱねて大事にしてきました。ですから、いま一門に伝わっているんです。時代に関係なく講談は連続物が一番大事だということの証明を、弟子である私もしなければいけないなと思っています。師匠のスピリットなので、それを受け継いでいきたいという決意表明でもあります。

――観客にとっても通しで聴くというのは、覚悟が要りそうです。

松之丞:連続物はだいたい、最初と最後がだめだって言われますが、『慶安太平記』は最初と最後が美しい。だからカタルシスがすごくある。通ったかいがある話だと思います。
実は、ダレ場はものすごく多いんです。特に起伏のない、面白くない話ですね。それを丁寧にやって、ダレ場をお客様に「ああよかったな」「面白かったな」って聞いていただきたい。面白い話は誰がやっても面白いんです。技術的にも挑戦だと思います。
うちの師匠はダレ場がうまいんです。何でもない、ただ農民が泣いているというようなところも、真に迫って胸にくる。なんてことのないストーリーを豊かに聴かせるんです。ダレ場がうまい人は、講談がうまい人って、講談界では言われているんです。僕なんかは売り出し中だし、いま130~140席くらいネタを持っていますが、どうしてもウケるネタばかりをやりがちになってしまいます。でも、今の時期は恥をかく時期だし、芸道においては遠回りすることが一番近道なんだな、とあらためて思っています。

劇場の環境も大事に

――そろそろ真打昇進も射程距離に入ってきました。

松之丞:真打って何かってよく言われるんですけど、どんなお客様に対しても、どんなネタやっても喜んでいただける、そういう水準みたいなものを保っている人が真打なのだと思います。この世界は「7割ネタで決まる」って言われます。客層に合わせたネタを選択できるかっていう「選球眼」でお客様に喜んでいただけるかが決まるんです。それでもあえてネタ選びをはずしても、なんて事のないストーリーを聴いていただいて満足していただけるのが、本当の真打の芸だと思います。
そういう自分を育てるという意味でも、今回の『慶安太平記』の通し上演は大事な課題になると思います。

――「あうるすぽっと」という劇場についてはいかがですか?

松之丞:連続物が講談の特徴なのですが、連日通うのは時間的にも、場所的にも制約があるので、結構難しいなと思います。ちゃんと定期的に連続物をやる場所がほしいなと思ってきました。それには、できるだけ環境がいいことが望ましい。外の音が入ってきたりすると、笑いが多い時はいいんですが、シリアスな話の時にはちょっと邪魔になったりする。その点、あうるすぽっとは周りもうるさくなくて、環境がいいですね。
以前、あうるすぽっとで木ノ下歌舞伎を観た時、6時間くらいの長丁場で疲れるかなと思ったんですけど、椅子の良さに救われたところがありました。長い話を聴く時って、集中力がいるんです。快適な環境で聴いていただきたいという思いもありました。
演芸をやるのには300くらいのキャパもちょうどいいですね。僕も池袋の出身なので縁も感じます。今回の『慶安太平記』の11日間というのは冒険ですけど、まさに講談の魅力、「落語との違いってなんですか?」という問いの一つの答えが、この公演で出せるのかなと思います。

――連続物の公演はこれからもどんどん手掛けていかれるのでしょうか?

松之丞:立川志の輔師匠のパルコ公演じゃないですが、ひと月連続物だけで費やす機会もあっていいかなと思っています。以前、『畦倉重四郎』を19席やった時には、お客様の達成感もすごかったんです。部活のような感じでした。講談って本来こういうものだという、講談復興の狼煙の意味も込めて、できればいいなと思っています。

取材・文:濱田元子(毎日新聞学芸部編集委員) インタビュー写真:井上 亮 舞台写真:和知 明

神田松之丞
東京都豊島区生まれ。2007年三代目神田松鯉に入門。2012年、二ツ目昇進。 持ちネタの数は11年で140を超え、異例の早さで継承した講談師。また著書「神田松之丞 講談入門」「"絶滅危惧職"講談師を生きる!」を発売するなど講談普及の先頭に立つ活躍をしている。「平成28年度花形演芸大賞」銀賞受賞。
ページ上部へもどる