『右まわりのおとこ』

近藤良平さん×芳賀 薫さん対談

46 INTERVIEW

コンドルズ主宰・近藤良平。ダンスを出発点に音楽、演劇、映像などあらゆる方向へ、硬軟自由自在にフィールドを広げていく近藤さんの、新たなチャレンジが始まります。パートナーは気鋭の映像ディレクター・芳賀薫さん。出会いを遡れば10年以上前というお二人は、周囲に対してオープンで柔らかな空気を身にまとっているところからして同じ「種族」という印象です。"ダンスと演劇のイイトコ取り"を掲げた舞台『右まわりのおとこ』は、一体どんな作品になるのか。夏の終わり、遊ぶように創る男二人の新作作戦会議に、ちょっとお邪魔させていただきました。

――近藤さんの幅広い交友関係は特筆ものだと思いますが、芳賀さんとはどんなご縁があったのでしょう。

近藤:まさにgoen°(ゴエン)繋がりなんだよね(笑)。

芳賀:ええ、コンドルズのオクダサトシさんや古賀剛さんも参加されている、goen°(ゴエン)というアーティスト集団を主宰するアート・ディレクターの森本千絵さんと僕が、武蔵野美術大学で一緒だったんです。森本さんの紹介で近藤さんたちと出会って。

近藤:で、最初にお願いしたのはコンドルズのバンド・プロジェクト「THE CONDORS」のミュージック・ビデオ。「真夏帝国」(2006年)という曲のMV監督をお願いしたんです。

芳賀:初めての打合せは石渕聡さんもいらしたんですが、打合せ中ずっとおにぎりを食べ続ける変人ぶりに、かなり不安になりました(笑)。でも、できたMVは結構名作でしたよね?

近藤:名作でした! 「真夏缶」という夏が入った缶詰を作る工場の場面とか秀逸で、あの時の缶、今もうちに飾ってあります。そのあと、僕のソロダンス公演の『11 DANDY』(11年)で映像を使いたくて、芳賀さんにお願いしたんですよね。タイトルにあるとおりサッカー絡みの内容で、僕も芳賀さんもサッカーが大好きという共通点があったから。劇場もボールを思わせる青山円形劇場で。

芳賀:スクリーンを複数設置したりして、面白い体験でした。以降も公私共におつき合いいただいて、一緒にサッカーをしたり、CMの振付を近藤さんにお願いしたり。

近藤:あり得ないようなスピードで、現場でパパっと作らせてもらいました(笑)。

――楽しそうな現場が目に浮かぶようです。

近藤:考えてみると、『右まわりのおとこ』のおおもとの発想は、『11 DANDY』の時にはあったよね? あの作品にもヘンな男が一杯出てきて、公演後も妄想の膨らむキャラクターとして、時折頭の中に浮かんで来てたりした。それを芳賀さんも共有してくれて、気が向くとイメージを文章に書き留めて僕にくれたりしていたんですよ。

芳賀:そうですね、「こんな人いたら面白いよね」的な思いつきのメモ交換は随分やりました。膨らませたり削ったり色々しながら、でも折角近藤さんと一緒に何かするなら、あまり言葉に傾き過ぎないものがいいな、と。チラシのコピーにもなっていますが、“身体言語で演劇する新しいジャンルの舞台”は、まさに目指すところです。

近藤:と言っても長年アイデアを練り続け今、満を持してというテンションではなく、「良いタイミングみたいなんでやってみますか」くらいの感じですよ、僕としては(笑)。
 イメージとしてはジャック・タチの映画『ぼくの伯父さん』(1958年)のように、日常的な生活シーンや動きが、ちょっとしたタイミングでスラップスティックで滑稽な場面になったり、遡ってチャップリンやバスター・キートンのサイレント映画的に、動きだけで様々なドラマを生み出す見せ方が、この作品でできたらいいなと思っているんだ。それは僕一人ではできないことだから、構成・演出を是非、芳賀さんに一緒にやって欲しくて。

芳賀:それは、僕自身も望むところです。

――創作の元となるプロットを拝見すると、一つの部屋が舞台ながら、4つのパラレルワールド(並行世界。一つの世界や時空から分岐し、並行して存在する別の世界や時空を指す。映画や小説中では少しずつ様相を異にしていると描かれることが多い)に見立て、そこに住む奇妙な住人たちの生活が描写されるようですね。

芳賀:ええ、だから近藤さんの言うユーモラスな部分だけでなく、やり方によってはちょっとコワいような空気も出せるはずですし、そこは作りつつ、演者さんとも色々話し合っていきたいと思っています。

近藤:うん、コワくなっても面白い。日常の隙間に異質なものが忍び込んで来るような、ね。

――近藤さんは振付・演出・出演で、他に千葉雅子さんと矢崎広さんがご出演ですが、ダンサーと俳優の混成チームであることは、やはり外せないポイントだったのでしょうか?

芳賀:近藤さんを中心とした作品であることがまず大きくありますし、僕自身が演劇など舞台作品を観ていて、「身体だけで表現できることは多い」とよく思うんです。台本を書く時などは、どうしても不安になるので言葉を費やしてしまうのですが、ダンサーと俳優、異なる身体が一つの舞台に在ることで表現できるものも広がるはず。そこは必然だと思っています。

近藤:芳賀さんは映像の人だから当たり前かも知れないけれど、文字で書かれたものを見ただけで絵が浮かぶというか、すごく“伝え上手”なんですよ、アイデアやイメージを他の人に渡す時。だから一緒に作業をしていても、自分に何が求められているか、何をすれば良いのかわかりやすいし、アイデアもどんどん膨らんでいく。一緒に舞台をやる今回のことは、新しい絵本を作るような感覚もあって、アナログならではのシンプルな面白さ、人間の生身、身体からしか立ち上がらない空気感みたいなものが、きっと魅力になるんじゃないかな。

芳賀:それと、演劇の舞台などでも転換させるのにダンスが有効に使われることが多いじゃないですか。動きを見せることで場を転がす、非常に映像的な効果も上がると思う。そういうことが近藤さんには身についているので、一緒に演出する際に心強いです。特に今回は4つの部屋で起こる出来事を、3人のパフォーマーの身体と絞り込んだ言葉、あとは照明などで目まぐるしく展開させていかないといけないので、ダンス的な動きに頼るところは大きいと思います。

近藤:人が目の前で動いたり踊ったりすると、物語を追いかけていたはずの観る人の脳が、惑わされて一回リセットされるんじゃないかな(笑)。その意味ではダンスは、結構な飛び道具になるのかも知れないね。

――舞台となる「部屋」について、現時点でイメージしていることはありますか?

近藤:まだ具体的には全然。でもここ、あうるすぽっとという劇場は、コンドルズでも公演させてもらっているんだけど、空間が非常に良いんですよ。小ぶりな劇場だけれど高さも奥行きも十分にあって、良い意味での“隙間”が存在するんですよ。同時に上演中は観客を突き放し過ぎない、適度な距離も保てる。こちらが仕掛けることに対して、お客様が近寄るのも遠ざかるのも自由にできる空気があるから、今回のように緻密なことを表現する作品にはぴったりじゃないかな。劇場から触発されながら作るのも面白いと思うし。

――台本に沿っての稽古というより、色々な要素を現場で取り込む、ワークショップ的な作り方をされるのですか。

近藤:きっとね。そういうほうが楽しいし、僕の得意なところでもあるから。右まわりや左まわり、傾いているとか、とにかく自分の身体で状態を表してみるところから、すべては始まる。なんて、僕が落ち着きないだけかも知れないけれど(笑)。

――いえ、傾いた近藤さんや千葉さん、矢崎さんを想像するだけで楽しくなってきます。それに、登場人物たちがやっていることは着替えや食事など、あくまで生活の一部。私たちが普段無意識にやっている動作・所作が中心ですし。

近藤:そうそう、そういう日常からスレスレのところを、奇妙な世界に結びつけていくような表現は、芳賀さんが得意とするところだから。かけ離れたSFチックな状況ではなく、「コレ、私もやってる」みたいなことの積み重ねからできる舞台だと思います。

――多彩なCMを手掛けていらっしゃる芳賀さんですが、興味のあること・面白いと思うことを作品まで繋げるため、どのようなことをされているのでしょうか?

芳賀:広告の仕事はスパンが短く、スピードも求められますが、クライアントを喜ばせるためには何をすれば良いか、見えるものが多い現場なので、それらを「汲み上げること」が仕事としては多いでしょうか。 純粋な、自分の創作活動というのは実はまだそんなに経験がなくて、16年に『ホテルニューオーツカ』というオムニバス形式の演劇をやったくらいなんです。でも、何か作る時はいつも、その作品を通して伝えたことを受け取って下さった人たちの、思考や気持ちがポジティブな方向へ行ったらいいな、と思うんです。「誰に届けるか、届けた人にどうなって欲しいか」を考えるのが僕は好きで、どんな材料や発想、手法であっても、そのことを実現するための過程や部分にしか過ぎない、という感覚かも知れませんね。

近藤:やっぱりちゃんと考えてるね、芳賀さんは。僕なんか、いろんなことが重なってくると混乱してくるもの(笑)。しかも思いつきを手近にあった紙に書いては、持ち運びながらバラバラにしちゃって、中身が混ざって後から困ったり。二台もパソコンを持って歩いているのに、肝心なことは紙にメモという(苦笑)、自分でも不思議な状況で仕事してるもの。

――データはパソコンにストックしても、出力の時は身体を使うというのが近藤さんらしくもありますが、バッグは重そうです。

芳賀:近藤さんと打合せをしてると、話しながらもふと動いて見せてくれたりするじゃないですか。お陰で話しが早かったり、発想が進んだりもするんですが、思考の順番は明らかに普通の人とは違うなと思います(笑)。

近藤:いかに勉強して来なかった人か、って感じだよね(笑)。

芳賀:いえ、その型にハマらない感じが僕にとってはもちろん、多くの観客にとっても魅力なんですから。この作品も精神の部分は同じ。舞台にヘンな奴がいっぱい出てきて、ヘンな奴はヘンなルールで生きている。でも、それで良いんですよ。常識とか社会のルールみたいな枠を前提に、そこからの距離で自分を測るのではなく、「俺は右まわりでやっていきますが、何か?」みたいな人の在り方が、この作品では描きたいと思っているので。

近藤:そうだね。今のこの社会で生きていると、いつの間にか合理的に整理した場所や状況に人間が収められてしまいがちだけど、そこからはみ出すことが、僕らの創作だったりするし、それを表現するためにダンスという手法には学び、利用すべきことがまだたくさんあると思うな。

――きっと、はみ出すことにもセンスが必要で、お二人はそのセンスや才能に溢れたタッグなのでしょうね。

近藤:逆に、真っ直ぐな道を前にして困る、みたいなだいぶ偏ったセンスだとは思うけど、どうやって右に回るか必死に考える、みたいな(笑)。

芳賀:(笑)困りますね、右まわりの男にとってはカーブのない道。

近藤:進む方向を変えても、曲がりどころを探すけれどね、自分なら。芳賀さんのはみ出しは、詩人みたいな感じがする。同じ文章でも、句読点を打つ場所が変わるだけで詩になったりするでしょ?

芳賀:近藤さんは褒めて下さるけれど……案外、はみ出している自覚なくはみ出しているタイプかも知れないです。結果オーライなだけで。あと、人は結構はみ出しているものに目を引かれるので、広告の仕事でも意外にはみ出しOKな場合があるんです。

――千葉さん、矢崎さんというカラーの全く違う俳優さんから醸し出される“はみ出し”にも、期待が募ります。

近藤:僕、昔から千葉さんのファンなんですよ。イイでしょう、あの佇まい。

芳賀:千葉さん心配してらっしゃいましたよ。「台詞があまりなく、身体を使って作る」みたいな説明をしたら、「最近そういう作品やってないなぁ……」と。

近藤:矢崎さんも、今時っぽくない生真面目さがスゴくいいなぁと思っていて。ワークショップ的に稽古していく、その過程からきっと面白いと思う。

芳賀:そういう、創作の過程を撮影して発信する、みたいなことも面白いかも知れませんね。

近藤:いいね。最初から最後まで、僕らもお客様もみんなで楽しめるような舞台になったらいいよね。
取材・文:尾上そら 写真:二石友希

近藤良平
振付家・ダンサー、コンドルズ主宰。NHK「サラリーマンNEO」、「からだであそぼ」などに振付出演。同「てっぱん」オープニングの振付も担当。第四回朝日舞台芸術賞寺山修司賞受賞。第67回文化庁芸術選奨文部科学大臣賞受賞。女子美術大学、立教大学などで非常勤講師としてダンスの指導にあたる。
コンドルズは2016年に20周年記念となるNHKホール公演を敢行、前売り券即日完売、追加公演を行う。現在、NHKエデュケーショナルと共に0歳児からの子ども向け観客参加型公演「コンドルズの遊育計画」や埼玉県と組んで行う「近藤良平と障害者によるダンス公演」ハンドルズ公演など、多様なアプローチでコンテンポラリーダンスの社会貢献に取り組んでいる。ペルー、チリ、アルゼンチン育ち。愛犬家。現在、豊島区在住。
芳賀 薫
CMやMVを中心とする映像ディレクター、クリエイティブディレクター。 武蔵野美術大学造形学科映像学部卒業後、PYRAMID FILMに入社。 2004年小島淳平、細野ひで晃らとTHE DIRECTORS GUILDを設立。 2015年より株式会社Huber.でクリエイティブディレクターとしてサービスデザインやコミュニケーションを統括する。
最近の仕事には、JR SKISKI「答えは雪に聞け」シリーズ、明治安田生命CMシリーズ、ダイハツTOCOT「大人まる子」CMシリーズ、 KIRINメッツコーラ「刺激的な人生を」CM及びweb動画シリーズなどがある。 MVでは奥田民生「海の中へ」平井堅「POP STAR」大塚愛「ゾッ婚ディション」THE CONDORS「真夏帝国」など。
2016年ディレクター4人によるオムニバスプロジェクト『ホテルニューオーツカ』にて初めて舞台の脚本・演出として、 「パンダの密輸」を上演し、舞台への意欲を高めた。
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