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ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団出身で、世界的に活躍しているダンサー・振付家のファビアン・プリオヴィルが、日本の様々なジャンルのアーティストをオーディションし、ドイツのダンサー達とクリエイションする。「ピナ・バウシュのダンサーたち」と「日本のアーティスト」が互いを深く理解した「身体」=「SOMA」による新しいパフォーマンス、それが『SOMAプロジェクト』である。意外なことに、キーワードは「ホームステイ」だ!
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――今回はオーディションの最終選考の最中にお邪魔しています。この『SOMAプロジェクト』はとてもユニークな企画ですが、どのような経緯で始まったのですか。 ファビアン:基本的なアイデアは3年ほど前からありました。「世界的に活躍しているピナ・バウシュのダンサーたちと日本のアーティストが深く知り合い、クリエイションをすることで、互いに新しい刺激を与えられるのではないか」と考えていたのです。今回は、そのアイデアのもと、あうるすぽっととタッグを組み、実現の運びとなりました。私自身のカンパニーは、まだできてから5年の若さなので制作面はあうるすぽっとと協働して進めています。 ――このプロジェクトの特にユニークな点は、普通こうした2国間協働プロジェクトの時に使われる「レジデンス」ではなく、「ホームステイ」という言葉が使われていることです。これはいったいどういう・・・ ファビアン:「このプロジェクトでは「ホーム」という言葉が非常に重要だからです。個人的に「レジデンス」という言葉から受けるイメージは「制作者に招かれて宿泊施設に滞在し、作品を作る」というものです。しかしその土地に滞在したからといって、必ずしもその国の文化に触れられるとはかぎりません。一方『ホーム』という言葉からは、まさに、その国の生活を実際に分かち合い、体験するという感触が伝わりますよね」 ――・・・しかし実際にはダンサーの家に滞在する、ということではないですよね? ファビアン:「いや、まさにそれをやるつもりなんです! これは日本とドイツ、それぞれの国のアーティストを自分の家に宿泊させ、生活を共にしながら作品作りをするプロジェクトなんです。オーディションの募集要項にも「東京でのリハーサル期間中、ヴッパタール側参加者を自宅に宿泊受入れ可能な方」と明記してあります(笑)。もちろんドイツ側のダンサーにはプロジェクト参加の条件として同意してもらっています」 ――本当ですか!? それは非常に魅力的です。・・・が、日本の家のなかにはかなり狭いところがあるかもしれませんよ。 ファビアン:「たとえ冷蔵庫の隣で寝ることになっても、ホームステイにはこだわります(笑)! 私自身の経験ですが、ピナ・バウシュのカンパニーにいた時には、いろいろな面でとても良い環境が整えられていました。もちろんそれは素晴らしいことですが、私は幸運なことに別の経験ができました。それは来日のたびに、現在の妻である瀬山亜津咲の実家に滞在して、彼女の家族や親戚、様々な人と触れ合い、豊かな思い出をたくさん重ねられたのです。日本の文化をより深く理解でき、さらにその魅力に惹かれていきました。もちろん、アーティストとしての私の感性や、物の考え方にも大きな影響をもたらしました。今回のプロジェクトでは、他のダンサーにも、そういう深い理解からつながっていく経験をしてもらいたいのです。それは必ず作品に反映されますから」 ――ではオーディションについて聞かせてください。今回、応募は200人を越えたそうですね。しかも応募資格はダンサーだけではなくミュージシャンや役者もいたとのことですが、それは初めから意図されていたのですか。 ファビアン:「はい。このプロジェクトに必要なのはダンサーだけでなく、この作品に何かを加えることができる、広い意味でのアーティストだからです。オーディションも非常にオープンなものになりました。それぞれ自己アピールを一人30秒ずつという決まりでしてもらいました。実際には全員が終えるまで3時間半かかりました。その後おおまかに「ダンサー、役者、それ以外」という3つのカテゴリーに分かれた後、再度合流しました。参加者は踊る人、演技をする人、素敵な音楽を創ってくれる人と様々で、1週間のオーディション期間中、毎日新しいものを提示してくれました。これまで私が経験した、どんなオーディションよりもエキサイティングでしたよ」 ――やはり応募してきたのは若い人が中心ですか。 ファビアン:「年齢層はかなり幅広く、10代から70代までと多彩で、本当に素晴らしいと思いました。このプロジェクトのホームステイという要素を考えると、人間性も重要ですが、最終的にはふさわしい人たちが選ばれると信じています。というのも、この作品のために進んで貢献し、最終的には作品にその人のキャラクターが投影される、そういう人でないと残ることは難しいでしょうからね」 ――これからはどんなオーディションをしていくのでしょう。様々なジャンルの人々を一度にオーディションするというのは難しいですよね。それぞれに得意なジャンルを見て行くのか、それとも得意ジャンルに関係なく、共通の課題を出していくのでしょうか。 ファビアン:「いろいろなことをやるつもりですが、根底にあるのは「交流」です。一方的に私が指示するのではなく、ピンポンのようにアーティスト側からのレスポンスが返ってくるやりとりが非常に重要なのです。今日はジャンルに関係なく、全員に身体を動かす同じエクササイズをやってもらいました。とくに特別なダンスの技術は必要ない簡単なものです。「どんな特殊技能があるか」ということよりも、「この人は、舞台上でどう存在することができるのか」が最も大切なことですから。人はそれぞれ違う色を持っています。白と黒だけでは色彩豊かな絵は描けません。参加者は、自分がどんな色を持っているのかを舞台上で示すことが必要なのです」 |
――オーディションを通して、特に印象に残ったことはありますか。 ファビアン:「これはこのプロジェクト全体に関わることですが、日本の生活や文化を感じると同時に、あらためてアーティストの立ち位置がヨーロッパとは大きく違うことに直面しました。たとえばオーディションの途中でも、不合格だと思った人にはその時点で「あなたはここまで結構です。ありがとう」といって帰ってもらう随時選考も日本では馴染みがない方法とは知りませんでした。 ――よくわかります。以前、バレエ・ダンサーとコンテンポラリー・ダンサーが協働する作品の取材をしたときに、こんなことがありました。バレエ・ダンサーは日頃の習慣で身体を目覚めさせるために朝10時からレッスンをしたがるのですが、コンテンポラリー・ダンサーは毎日バイトが終わってから夜10時からの『深夜練(習)』になるので、互いに練習のサイクルが合わないと言っていました。自主公演となれば、さらに経済的な負担分を別の仕事で稼がなければならない。それが今の日本のダンサーを取り巻く状況であり、残念ながら常識となってしまっています。 ファビアン:「そうなんです。私はこの質問が出たこと自体が非常に意義のあることだと実感しましたし、このプロジェクトがとても重要な問題を扱っているのだと確信しました。ヨーロッパに比べて日本では、ダンスを取り巻く環境とシステムにあまりにも多くの問題があり、非常に不安定な生活を強いられています。『しかしそれは決して当たり前のことではないのだ』ということを伝えていきたいというのも、SOMAプロジェクトのテーマの一つです」 ――公演までの予定はどのようになっていますか? ファビアン:「6月後半に合同で2週間ドイツでクリエイションをし、日本に帰ってから2週間は日本メンバーのみで稽古、その後合流して8月にあうるすぽっとで公演です。その後ドイツのタンツハウスnrwで公演を行う予定です。滞在中は互いの家にホームステイ。ただ泊まる相手はローテーションを組んで、長くないサイクルで入れ替わるようにしていきます」 ――最終的にどのような作品になるのでしょう。 ファビアン:「最低でも一時間の作品になるでしょうけれど、現時点ではまだわかりません。将来のため、日本のアーティストだけでできる作品も創るのもいいですね。しかし不安はありません。先日創った最新作は妻と一緒に4カ国を回って創作しましたが、様々な文化の背景を理解することは作品に反映されるものだとあらためて実感したところです。SOMAプロジェクトの参加者全員が新しい経験への第一歩を踏み出すことになるでしょう。互いの文化を深く知り合ったアーティスト同士が、これまでとは違った身体=SOMAを獲得しどんな作品ができるか、皆さんにお見せできる日が来るのが、本当に楽しみです」 取材・文:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家) 写真:市来朋久 |
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INFORMATION |
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2015年8月24日(月曜)〜30日(日曜) “ピナ・バウシュ出身のダンサー”と“日本のアーティスト”、二つの世界のコラボレーション |