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戌井昭人と江本純子。劇団や演劇などという枠に収まり切らず、マルチな活動を展開する鬼才二人が、秋のあうるすぽっとで演出家と女優としてガップリ組むことになりました!
しかも、原作はその作品が数多く映像化、舞台化されている作家・山本周五郎の短編連作集『季節のない街』。いつもギリギリの生活に追われながら、己をさらけ出し、たくましく生きる貧民街の人々の様子を、独特のユーモアと哀感を込めて描かれた本作に、演劇という手法でいかに挑むか。独創的な作品にそれぞれ定評があるお二人の「作戦」を聞いてみました。
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――お二人の並びは演劇ファンにとって、かなり刺激的な構図です。今回は演出家と女優として創作に当たられますが、これ以前に何か接点があったのでしょうか? 戌井:お互いの公演を観に行ったり、その前後で話すくらいの地味なご縁しか今まではなかったんですよね? 江本:そうそう、二言以上は話したことがない、みたいな(笑)。一度だけ、役者としては映画『歓喜の歌』の撮影現場でお会いしてますよね。あの時初めて、ちゃんとお話したという記憶が私にはあるんですが。 戌井:そうか3~5分まとめて話したのは、あの時だ。きっと今日の対談が一番長く、ちゃんと喋る最初の機会ですね(笑)。でも実は、僕が江本さんから最初に強烈な印象を受けたのは松尾スズキさんの映画『恋の門』なんですよ。コレ、話してませんでした? 江本:(笑)聞いてないです。 戌井:コミケでヒロインに絡むコスプレの女・佐良役をやってたんですよね。あの場面がとにかくカッコ良くて、僕何回も巻き戻して見ちゃいました。そもそも最初江本さんとは気づかなくて、見返しているうちに分かったんですけど。 ――そんな江本さんを筆頭に、戌井さんが養成所を出た文学座の大ベテランから主宰するパフォーマンス集団・鉄割アルバトロスケットのメンバーまで、非常に幅広いキャスティングです。 戌井:あうるすぽっとのプロデューサーの方が「誰を呼んでもいい」と言って下さったので(笑)。でもそれほど沢山芝居を観ているわけではないので、直感的に一緒にやりたい方を挙げていって、それがありがたいことに実現したという感じです。改めて、宜しくお願いします! 江本:こちらこそ、宜しくお願いします。でも私、こんな言い方は失礼かも知れませんが、以前から戌井さんには興味があったので嬉しいお誘いでした。 ――お二人にはジャンルを越えて創作している、という共通項もありますし。 戌井:節操がないだけです(笑)。 江本:私も遊んでるだけですね。 戌井:それイイですね。その遊びの延長で、今回も来てもらえたら良いと思います。 江本:戌井さんの公演はいつも面白く拝見しているので、あれを創った方と一緒に芝居づくりできるだけでも、相当楽しみなんですよ。でも、こういう微妙な知り合いを芝居に呼ぶのってイヤじゃないですか? 絶対に普段のお喋りは楽しいけれど、お芝居してると私「恥ずかしい!」と思うことがよくあるので。 戌井:その「恥ずかしい!」をちゃんと感じている人となら、僕は一緒に芝居を創れると思うんです。「どうですか、今の僕!」みたいな役者の演技に弱いので(笑)、逆に演技や芝居の恥ずかさを知っていそうな方に今回集まっていただいた、というのはありますね。 ――山本周五郎の『季節のない街』を原作に選んだ理由は? 戌井:元々同じ作家の『青べか物語』が大好きで読んでいて、『季節~』は『青べか~』にスタイルがよく似ているんですが、やはり好きな小説のひとつ。理由はその「好き」という気持ちくらいですね。あとは黒澤明がこの小説を『どですかでん』という映画にしているんですが、コレがまた変わった映画で、じゃあ演劇でやったらどうなるか、という興味もあったかな。 江本:私、『季節~』以外には一冊しか山本周五郎は読んだことがないし、それもサッパリ分からなかったんですよねぇ。実は『季節~』も私が演じるかも、と言われた人物の出てくるところしかまだ読んでいないんです、すみません(笑)。 戌井:まだ全然先なんで構いません。僕は山本周五郎の小説の書き方がそもそも好きなんですけど、何というか……B級グルメが好きそうなところとか(笑)。山本周五郎の小説でも歴史物、時代物なんかはあまり読んでいなくて、こういう連作短編みたいなものが好きなんです。すき焼きとか鍋物みたいに色んなものが入っている感じ。しかも「コレ入れないでって言ったのに!」というような、すごく水っぽいままの白滝が入っているような(笑)。 江本:絶妙な表現ですね。でも映画『どですかでん』はずっと大好きな映画でした「自分の芝居でこんなことをやれたら面白いだろうな」と思えて。 戌井:あの映画は黒澤明の初のカラー映画で、不思議な色彩感覚に仕上がっているじゃないですか? 監督自身が作品について書いたものを読むと、あれは意図したわけではなく、原作に忠実に、作品の世界観を出そうと頑張っているうちにヘンテコな映画になっていったらしい。 江本:それは小説を少し読んで私にも分かりました、「そういうことだったのか」と。私も黒澤明の勝手な解釈だと思っていたんです。カラフルな色使いでやりたいことをワーッとやったのだ、と。 戌井:黒澤明にとっても久々の映画で、しかも少し前に精神的に追い詰められたりもしていたらしくて、その反動も表現に影響していたのかも知れないですね。 江本:でも今回は戌井さんの創る作品なんで、小説でも映画でもない、独特の世界観に出会えると私は思っているんですけれど。 |
――原作は15篇からなる連作ですが、舞台の構成はどのようになるのでしょうか? 戌井:そのうちの幾つかを選んで再構成しようと思っています。もちろん、台詞も書きますが。 江本:原作があることが魅力になることと、枷になること、両方ありますよね。 戌井:そう、だから物語がどうとか、登場人物がこうとか、泣けるのはココだとか、そういうことにこだわらず、ただ作品の世界観みたいなものそのままにゴチャっと舞台にして見せられたら良いんじゃないか、と思っているんですよ。丁寧に個々のエピソードを追うより、全体の流れは作りつつも、ときには“ドスン”と乱高下があるような。まぁ、まだ準備もろくに出来ていない状態で、あまりエラそうなことを言うと嘘ついてるみたいな気がして来ちゃいますが(笑)。 江本:“ゴチャっと舞台にする”って、嘘のない言い方だと思うな。私も原作がある場合は、素直に舞台に乗せようとするほうだから。 戌井:変に自分流に見せようとか、解釈を加えたりするとその部分を試されてる感じになるじゃないですか? 「演出してる感」を出さなきゃ、みたいな。そういうの、さっきも言ったように恥ずかしいし。 ――江本さんは、この作品世界を表現することについて今考えていらっしゃることがありますか? 江本:正直、まだ何も考えていません。でもとにかく、この作品世界にいるのが凄く楽しそうだなあと思うし、「演じる」などということより、戌井さんの創る世界の住人になること、そこへの興味が大きいんですよね。役を演じることより、「演じないで良いなら、そのまま舞台にいますが」みたいなスタンスで(笑)。 戌井:いいですね、「江本さん、そこでウロウロしててください」みたいな(笑)。 江本:そうそう! 戌井:きっと、そういうふうに出来るのが一番良いですね。まだ「ただそこに座っていてください」という境地には僕が到達していないので、一応台詞は書きますけど(笑)。 江本:外部の公演で色々な演出家さんと芝居を創ると、現場では特別意識していなくても、一杯お土産が持ち帰れるんです。今回も、それがすごく楽しみです。私は誰かについて演劇や演出の勉強、研究をしたわけではないので、外の現場が勉強の機会になるんですよ。 戌井:その点で言えば鉄割には別に演出家がいて、まぁ僕もあーしろこーしろと色々意見は言いますけど、演出家として芝居に関わっている時間はそんなに多くはないんです。だから勉強になるかは自信ないですね。むしろ今回はビギナーズ・ラック的ところを狙ってます(笑)。オレが引っ張っていくとかではなく、集まってくださった皆さんと意見をぶつけあい、原作のどこに引っかかって何を魅力に感じたか、その魅力をシンプルに組み立たられたらいいな、と。 ――それだけ信頼出来る俳優さんたちに、今回集まって頂けたということですね。 戌井:はい。それに作り方としても「一生懸命悩んで、研究して作り上げました」みたいなことは、ないほうが好きなんです、自分が。 江本:私も同じタイプです(笑)。 戌井:作り方や創るものに対するそんなこだわりが、折角入った文学座をやめるという選択にも繋がっているんです。外で好きなことをやったほうが良いかな、と。最終的には周りの人たちも「そのほうが良い」と言ってくれましたし。 江本:戌井さん、演劇的にはかなりのサラブレッドですよね。そのサラブレッド性に、すごく興味が湧くんですけど(笑)。 戌井:全然違いますよ、劇団やめてからはニートに戻ったようなもので、しかも10年近くそんな状態が続いて、今もそんな変わってないし(笑)。江本さん、演劇やめようとか思ったことないんですか? 大学からですよね、芝居始めたのは。 江本:そうです、大学時代から変わらずに演劇やり続けてますね。やめようと思ったことがない、というよりは……演劇をやってるうちに結構な借金が出来ちゃったんですよ。で、それを「30歳になるまでに返すゾ」と思ってたんですけど、到底無理な金額で、今は「40歳までに」と延長したんですけど(笑)。演劇で作った借金を、演劇とか表現することで返してプラマイ・ゼロにしてやるっていうのが密かな野望なんです。だから「積極的に演劇をやめない」という選択をしている訳ではないんですけれどね。 戌井:カッコイーなぁ、なんだか。 江本:プラマイ・ゼロにして、「演劇や表現活動じゃお金にならない」とキッチリ証明したら、それはそれでスカっとしそうだな、と思って。 戌井:それくらいの覚悟がないと演劇やっちゃダメですね。 江本:いえ、本当はもっとユッタリ芝居やりたいです(笑)。まあお陰で「何やってもいいじゃない」という気持ちにはなれてますけど。 戌井:そういう感覚、この小説世界の登場人物を演じるにはぴったりじゃないですか。やっぱり江本さんには「そのまま舞台上でウロウロしていてください」的な場面を書かなきゃですね(笑)。 取材・文/尾上そら |
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戌井昭人 |
INFORMATION |
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2012年10月4日(木曜)~8日(月曜・祝日) 平成の奇才・戌井昭人が文学界の泰斗・山本周五郎に挑む。 |