ユーモアと友情、そして筋肉があれば、人は飛べる。
シアターサーカス

『マシーン・ドゥ・シルク』

(c)Loup-William Théberge
44 FEATURE

オシャレでパワフル。いま世界の舞台芸術で最もアツいのが「現代サーカス」だ。その本場、カナダのケベック州(あのシルク・ドゥ・ソレイユを生んだ)から、とびきりキュートなイケメン4人(とあともう1人)がやってくる! 魅力的なキャラクター、ガンガン出てくる超絶技巧、そして溢れるユーモア。無条件に楽しく、最後はあなたも立ちあがって快哉を上げるはず。 そんな彼らの魅力を、驚きのカナダ公演の情景を含めて、いち早くあなたにお伝えしよう!
【文:乗越たかおNORIKOSHI TAKAO(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)】

REVIEW

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キュートでタフ、そしてどこまでも高く翔ぶヤツら

工事中のビルか、荒っぽい連中が不法占拠で住んでいるスラムのようなセットが組まれている。やがて出てくるのは、若い4人のイケメンと、ひげもじゃのおっさんである。影の中で蠢き、一体何がはじまるのか……と期待と不安で胸がザワザワしてくる。そして一度始まったら、もう目を反らすことはできない。ユーモアと驚き、ノンストップのショウが始まるのだ。

筆者はこの作品をカナダで見たのだが、そのときの客席の反応は、ちょっと驚くべきものだった。それはケベック州モントリオールで開催される世界的な国際舞台芸術フェスティバル『CINARS(シナール)』でのこと。このフェスティバルは、世界中から招かれたフェスティバル・ディレクターなどが来る。いわば舞台芸術見本市的な存在でもあるが、とにかくプログラムの数が多い。1日で何本も見なくてはならない。しかも各スケジュールの時間が詰まっているので、ひとつの舞台を見たら次の舞台まで余裕がないこともしばしば。ときにはかなり離れた劇場まで移動しなければならない。彼らマシーン・ドゥ・シルクの公演は、まさにそんな状況で行われたのだった。筆者を含め周りに座っている観客の多くは、(申し訳ないけど、この舞台は途中で抜け出さないと…)と目配せしていた。

しかしショウが始まると、そんなことはキレイに吹っ飛んでしまったのである! マシーン・ドゥ・シルクのあまりの楽しさに、皆すっかり飲み込まれ、熱中してしまったのだ。彼らはあまりにもチャーミングで、そのくせやることは息を呑むようなことの連続だった。客席からは波のように「おおおお……」とため息が漏れ、拍手が巻き起こる。ヘンテコな装置が登場し、ピタゴラスイッチのように予想外の動きをするギミックが、あちこちに仕込まれている。体技がすごいことは言うに及ばず、アクロバットやジャグリングから笑える芝居まで、基本的には全員で挑み、そしてときには助け合う。ジャグリングでは、4人全員で投げ上げるクラブ(ボウリングのピンのようなアレだ)があまりに複雑に宙を舞うので、誰が誰に出しているのかわからなくなるほど。さらには近年ブレイクした、ある日本の芸人がほぼ全裸で行う「あの芸」を思い起こさせるようなコミカルでスリリングなシーンが、イケメンの締まった身体で行われる。

身体ひとつで生きている、今この瞬間に全エネルギーを注ぎ込む、そんな愛すべき男たち。疾走し、やがてシーソーが運び込まれると、身体そのものが宙を飛び交う(!)。もはや圧巻のひと言だ。

(c)Loup-William Théberge
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しかしどんな超絶技巧でも、それだけでは観ている方も疲れてしまう。そこでショウ全体のアクセントになっているのが、「ひげもじゃのおっさん」の存在だ。周りのしなやかな筋肉をまとった若いパフォーマー達に比べると、身体は小さく姿勢も悪い。ヨタヨタ歩き、時にカンシャクを爆発させては「まあまあ」となだめられる。だがその一挙手一投足が、なんとも可愛いのである。そんな彼の正体は、劇中でライブ演奏をする、凄腕のパーカッショニストだ。もちろん演奏も一筋縄ではいかない。そもそも一見楽器には見えない奇妙なものばかり登場するのだが、彼の手にかかると、見事に舞台を盛り上げるアイテムとなる。演奏する姿そのものが、立派なひとつのパフォーマンスになっているのである。

……と、そんな舞台が進んでいく。開演前には途中で抜け出す算段をしていた人々も、もうそんなことはすっかり忘れてしまっている。気がついたら立ち上がり、5人のパフォーマーに拍手と声援を送っていたのである。あらためて言うが、観客は、世界中から集まった厳しい目を持つプロの舞台関係者たちである。それがマシーン・ドゥ・シルクには、ガッチリと心を掴まれてしまったのだった。

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スペシャリストの集まり

設立は2013年と、まだ若いカンパニーである。芸術監督のヴィンセント・デュベは土木工学の学位も持っている変わり種で、サーカス・パフォーマーであると同時にエンジニアでもある(サーカスの技の数々は綿密に計算される必要があり、意外に数学者など理系の人も少なくないのだ)。舞台上にある独創的な小道具は彼が設計したものも多いとか。

ヨハン・フラデット-トレパニエはシルク・ドゥ・ソレイユのデザイナーとしても活躍。ラファエル・デュベはジャグリング・アクロバット・コメディと、いずれもこなす才人で、もともと世界的に活躍していたパフォーマーだった。そして本作のハイライトのひとつ、シーソー芸のスペシャリストがユーゴ・ダリオとマキシム・ロレンである。客席から見ていると「あんなゴチャゴチャした装置のある舞台の上で、しかもあんな小さなマットしか置いていないで大丈夫なのか……」と不安になるが、そこはバッチリと決めてくれる。フランスやスイスを初めとして受賞多数の「若きベテラン」なのである。

そしてこの舞台に欠かせないのが、パーカッショニストのフレデリック・ルブラサールだ。ヒゲだらけで小柄、しかし独特の愛嬌に満ちていて、若いパフォーマー達に引けを取らないエネルギーを発揮する。音楽の腕前の凄さはぜひ舞台で確認してほしいが、サーカスのみならず演劇・ダンスからアニメ映画まで幅広く活躍している世界的なアーティストなのである。[※今回の日本ステージは、オリヴィエ・フォレが出演します] 

それぞれが一流の得意分野を持ち、それが単にテクニック自慢ではなく、ひとつの世界観の中に溶け合っている。これがマシーン・ドゥ・シルクの魅力なのだ。

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新しいサーカス、新しい舞台芸術

マシーン・ドゥ・シルクのような新しい感覚のサーカスを「現代サーカス(コンテンポラリー・サーカス)」という。いまや世界の舞台芸術全般で、最も熱く注目を集めているのがこのジャンルである。

伝統的なサーカスと違い、1970年代に「動物を使わない」「テントではなく劇場で公演する」など、「ヌーヴォー・シルク(新しいサーカス)」と呼ばれる一群が生まれてきた。ちなみにダンス界の新しい波であるコンテンポラリー・ダンスが登場したのもこの頃である。私立・国立様々なサーカス学校が世界中で新設されるようになり、先見性のある学校はこの段階でダンスの振付家をサーカス学校に迎えて教えさせたりしている。こうしてサーカスはさらに周囲の様々なアートを取り込みながら「アート・サーカス」と呼ばれる広がりを見せた。そしていまやさらに広い表現を獲得するに至り、現代サーカス(コンテンポラリー・サーカス)と呼ばれるに至っている。コンセプト重視で「踊らないダンス」が増えてきたコンテンポラリー・ダンスへのカウンターとして、「強い身体性と高い芸術性」を持った現代サーカスが、襲いかかってきているのである。

その最大の成功例と言える「シルク・ドゥ・ソレイユ」を生んだのも、ここカナダのケベック州だっった。いまやシルク・ドゥ・ソレイユは世界企業とも言うべき成長を遂げているが、ケベックにTOHUというサーカス・センターを造り、サーカス・アーティストの育成はもちろん、地域社会とサーカスとの交流にも努めている。ケベックは公用語がフランス語で、独自の文化圏を誇っている。西欧中心に進んできたコンテンポラリー・ダンスにおいても、ケベックはマリー・シュイナールやラ・ラ・ラ・ヒューマンステップスなど、独自で重要なダンスカンパニーを輩出して来た。サーカスでもすでに大御所の「シルク・エロワーズ」、若手の「セブン・フィンガーズ」といったカンパニーが来日公演をして、大きな成功を収めているのはご存じの通り。

大雑把にいうとヨーロッパ勢は、ほとんどダンス作品と呼んでもいいほど、アクロバットやジャグリングをダンスの中に溶け込ませた作品も多い。一方カナダは、どちらかというと強い身体性を正面に押し出し、様々な演出や個性で見せていく魅力が濃厚だ。

舞台好きの人ならば、世界各国から現代サーカス・カンパニーの来日公演が増えてきているのを肌で感じていると思う。それぞれが多様なスタイルで新しい世界を切り拓いている。コンテンポラリー・ダンス同様、ケベック州はコンテンポラリー・サーカスでも宝庫と言っていい。中でもこのマシーン・ドゥ・シルクは、とびきり生きのいい、ライジング・スターなのである。まずは無心で楽しんでほしい。

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